1、華燭(某年3月22日)
キラキラと輝くシャンデリア。 白いテーブルクロス。
澄ました顔で着席して、慣れない手つきで食器を操っている列席者のみんな。 あ、正式な食事マナーに慣れていないのは私もだわ。 苦笑いがこぼれる。
そうそう、私が夫とお見合いした時も、落ち着かなかったなあ。デパートのレストランで、なかなか2人で静かに話せるテーブルが取れなくて。周りの人が事情を知って気を利かせて、テーブルを空けてくれたんだったわ。 でも、みんな興味津々で私たちのことをチラチラ見ていたから「早いとこ決めちゃいます!」なんて言っちゃったんだったわねえ。ろくすっぽ夫の顔も見たいなかったのに。
「サエ?何を笑っているんだい?」 隣にいる夫が耳元で尋ねる。 「ん?ナイショ。」 とクスクス笑いを堪えながら返すと、夫は 「僕は君とのお見合いのことを思い出していたよ。レストランで、周りの人が大移動してくれた時のこと。」 と微笑みながら言う。 「あらっ、そうなの!実は私も…」
2人で忍び笑いをしていると、テーブルの向かいに掛けていた妹の若菜が、 「ちょっと、お姉ちゃん静かにしてよー、中島くんのスピーチが聞こえないじゃない」 と不満そうに注意する。 「あら、ごめんなさいねー」 「ごめんねー、若菜ちゃん」 2人で頭をかきながら謝る。
壇の横では、新郎新婦の小学校時代からの中島くんが緊張した面持ちで一生懸命スピーチしている。 「勝男くん、かおりさん、本日は誠におめでとうございます。両家の皆様にも心よりお慶び申し上げます…」 メガネがないと全然前が見えない中島くんは、原稿に顔を近づけて必死で読んでいる。 花沢さんが、 「中島くーん、がんばってー!」 と昔から変わらないダミ声で中島くんを励ますが、会場からはどっと笑いが起こって、中島くんはかえって緊張が強くなってしまったようだ。
「本日はこのような華やかな席にお招きいただき、ありがとうございます。甚だ僭越ではございますが、新郎新婦両方の小学校からの友人として、ひと言ご挨拶申し上げたく存じます。」 中島くんは、気を取り直すようにお水を一杯飲んでから、再び原稿を読み始める。 「僕はいつも磯田くんを羨ましいと思っていました。だって、磯田くんは、スポーツは万能、明るくて楽しくて気は優しい、だから女の子にはモテるし。」
「ある時、僕はおじいちゃんの掛け軸にインクでシミを作ってしまったことがありました。うちのおじいちゃんはとても厳しいので、僕は青くなって磯田に相談をしました。そしたら、『掛け軸の前に花瓶に花や草を生けて置いておけばいい』とアドバイスしてくれて、その場を凌ぎました。機転も利くやつなんですよ。ところが、いよいよバレそうになった時、なんと磯田が『僕が汚してしまいました、すみません』なんて庇ってくれたのです。友達想いで、優しくて。」
「今は立派に警察官として、みんなのために汗をかく毎日のようです。こんなカッコいい磯田に、かおりちゃんも惚れ込んだんだと思います。」 「少々長くなりましたが、これを持ちまして私の祝辞とさせていただきます。お二人とも、末長くお幸せに。そしてこれからもよろしく!」 中島くんは、壇上の新郎新婦と、会場に向かって一礼して戻ってくる。
私たちは、 「そんなこともあったわねえ」 などと言いながら感慨にふける。 「しゃあ、次は僕の番だ。準備にいってくるよ」 と夫は言い置いて席を離れる。