執務室で、ちょうど昼食のうどんが運ばれてきて、目の高さまで麺をつまみあげて口に運ぼうとしたとき。
「総理!」と切迫した声で呼ばれる。
菅田官房長官だ。彼は事務処理や人付き合いや決め事の根回しは手堅いのだが、いつもせかせかしているのが玉にキズだな、と思っている。何にせよ、得難い側近なので、食事をお預けされる不満を横に置いて平静を装って答える。
「どうしたのかね?」「例の件、状況は厄介なようです」ふたりきりなのに、なぜかにじり寄るようにして、耳打ちする。
例の件…朝の閣議で吉山君が言っていたことか。
「今朝の閣僚懇談会で、吉山大臣が言っていた天然痘、確実みたいです」
天然痘…人類史上でも最も恐ろしい病気のひとつ、と学校で習ったがそれ以上のことは知らない。
「そうか…で、この場合、私はどうすべきなのかな?」
「そうですね…政府としては、まずは、感染症法上の処置を決定していかなければならないでしょうね…」
「患者の強制入院とかか…」
「もちろん、それもあるでしょう。それ以上に、やるべきことは多岐にわたるでしょうね。所務大臣に説明に来させましょう」
官房長官はそう言って、私の返事も待たずにさっさと吉山大臣の秘書に電話する。
