先月に芥川賞候補作が発表され、来週にも選考会が開かれますね。 当会主催者も、個人的に候補作に対する感想と完成度、選考会の討論と最終受賞作の予測などを行ってみました… (評価は0点~10点で。5点以上で受賞作レベルのつもり)
「言葉の持つ不完全さを嘆く。その不完全さの幾ばくかを音楽が補いうる」ということを有智子の独白や登場人物たちの哲学的議論の中からあぶりだされる。 特徴としては、ドイツ語で会話しているのを日本語に直訳した体裁で書かれていること。 音楽と言葉、生と死、親と子、など二項対立を軸に物語が綴られていること。 歴史あるドイツの重々しい街並みや、威厳を持った父親の佇まい、奔放なドイツ歌手のしっかりした描写。
「舌は疲れを知らない毒」すずろなる噂話のエピソードをはじめ印象的な場面や討論が丁寧に書かれている。音楽の専門用語も必要に応じて作中で説明的に書かれているので理解には困らない。
作者は村上春樹さんに似たポイントに問題意識を持っているのだろうか。ある種の人々には「言葉の不完全さ」「肉体と言葉の分離」についてもどかしい気持ちを持つようだ。 村上春樹さんに芥川賞が出せなかった失敗を、今回繰り返してはならない。
作中にしばしば登場する「あんた、誰?」と一家団欒と「最高の任務」(=ねじり木をおばのゆき江と一緒に見つけること。そのおばの気持ちを後からでも理解し、追体験すること)の結びつきがよくわからない。主人公のひねくれの程度も深刻さを感じず、従って最後のシーンもあまり感動できなかった。おばと主人公が共鳴し合った理由もいまひとつ分からなかった。痴漢(?思い違い?)のシーンも描写の理由が分からなかった。主人公の自意識過剰ぶりが表されているのだろうか?
モラトリアム、自我拡散の苦悩、について描かれている。
・裕福だった実家の家業が傾いて経済的援助が得られなくなり、高卒後浪人したり大学院に行ったり学生には贅沢すぎる家に住んだり、ということができなくなる。
・ゲイであることでの生きにくさを受け入れることができていない。
・大学院に進学したのに、修士論文すらまともに期限が守れない。
などといった未熟さに悩んでいる。
7章で修論が期限までに書き上げられない話が出てくるのは、ちょっと唐突な印象である。 哲学を学んでいて助けられた、と書かれているが、具体的には描写されておらず深みがない。
村の選挙をとおして地方の衰退、シルバー民主主義、大衆の同調バイアス、いじめなどの現代的問題が、ひとりの村民の視点から描かれている。現代社会に対する風刺の意図があるようだ。
買収、脅迫、リンチ、などの場面があり、「昭和かな?」と思いきや、ツイッターが使われたりしているのでどうやら現代という設定のようで…
いくら田舎でも、ここまで荒れて脇が甘いことはやらないと思うのだが…
結果が出てから当選者を刺す、というのはテロリストの心境を書きたかったのか…
下品な描写も意図してそうしているのだとは思うが、あまり良い効果を出していないように思う。
「股間自得」「股間から出たサビ」では、ダジャレにもなっていない。
現代→昔→現代→昔→…と章ごとに入れ替わっていくのだが、「現代」のほうはひとつながりの話で、「昔」のほうはひとつずつバラバラのエピソード。「現代」は、過疎の島に住む人がいなくなった打ち捨てられた家屋の雑草取り・掃除に親戚で都合を合わせて行く、という話。特に大きな事件は起こらない。「現代」の登場人物たちの会話や物品から想起されるその土地の昔のエピソードが紹介される、という体裁。
オムニバス映画をみているような感じ。 物語を語っている話者ははっきりしない。しかし、その話者はどんな時代の事件も知っているかのようである。さながら、土に時の刻みが染み込んでいたのが立ち上ってくるかのような味わいがある。
ヽ(´▽`)/ ヽ(´▽`)/ ヽ(´▽`)/
私としては、「音に聞く」「背高泡立草」で決まって欲しい。
しかし、選考会はきっと、数名が「作者の切実な気持ちがよく出ている」などと言って「幼な子の聖戦」を推し、同調する者も出て、前回の行きがかりもあってゴリ押し当選。「音に聞く」は知識をひけらかして鼻について読めない、という選者が出て落選。 で、実際には「背高泡立草」「幼な子の聖戦」になるのでは? と思っています。さて、どうなりますやら…
あと、古市さんの「奈落」も良かったのに、候補に入っていないのはこれ如何に? 下読み人の、おエライ某選者に対する忖度が働いているような気がします。 これは私としては古市さんと岡崎京子さんのために残念でならないです…
