官房長官は、分かったというふうに軽くかぶりをかぶる。
「公安のほうからは、何も上がってきていないんですよ。過激派や過去に事件を起こした宗教組織に特に変わった動きはなく、要人が襲われるなどの事案もない。海外の警察機構とも連携を取っていますが、目立ったテロの兆候は確認されていません。ロシア機の領空侵犯や人民軍の尖閣周辺の動きにも大きな変化はないそうです」
「生物テロの混乱に乗じる気配はない、ということか。」
と総理が質す。
「そういうことです、今のところは。」
「すると、テロの目的で、人為的に意図的に天然痘ウイルスを散布されたわけじゃないのか?」
「それは、まだ分かりません。警察と自衛隊にはテロや外国の軍事行動に対していっそうの警戒を行うように口頭で指示はしましたが」
「国民には?どう知らせたらいいかな?」
「今日夕方の官房長官の記者会見で発表することにしましょう」
「そうだな…それまでに、できる限り、接触者の同定、ワクチンの確保、ウイルスの発生源調査をしないといけないな」
「まずは、現場に関わる者にはワクチンを接種させることですよ。警察官、医療従事者、それから、自衛隊員にも接種した方が良いでしょうな。あ、もちろん、発病者と接触した者には説明して接種するべきです」
と、茶谷医師が念を押す。
「ワクチンはどこに保管されているんだ?」
「自衛隊の大きい駐屯地には、それなりの数が備蓄されているはずです」
「じゃあ、市ヶ谷に掛け合って、必要なだけ出してもらおう。摂取が済んだ者から、順次仕事に入ってもらうように」
一同、頷いてそれぞれの持ち場に走っていく。
リーダーを頂点に、ステップワイズに小気味良く流れるカスケードのように指示系統が作動する。
その頃…
市街では、楽しげに子供が、大人が、老人が、家族が、大きな声で笑いながら往来を行き交う。
その中には、中島医師の診察を受けた患児も。
親は「ちょっと熱っぽくて目も潤んでいるんだけど、病院に連れていくほどじゃなさそうだし」などと言っている。
子供たちが大きな口を開けて親や祖父母や先生や街の人に話す時、口から飛沫が飛ぶ。
飛沫には、球形の「何か」、すなわち、天然痘ウイルスが含まれている。
それが聞いている人の口腔や鼻腔や眼粘膜に入る。
天然痘ウイルスは、若年者を中心に、粘膜から表皮下に入り込み、血流に乗って全身の各臓器に入り込み増殖を開始する。
ウイルス増殖のカスケードが、人々に気づかれないうちに着々と進んでいく。
今日もいい天気、50、カスケード続き
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執筆者:hisatez
