月刊誌「新潮」2019年6月号 P50から118
3月2日という日付入り。生まれることも死ぬことも許されない島があるという。翔太は仕事の合間にそんな島で住む空想をしている。 空想の合間に同僚・美咲から話しかけられる。ゴンドラに乗って高層ビルの窓ふきの仕事をしていることがわかる。 この仕事に応募して数か月で高所の現場に来ている。 美咲はピンクの髪で3歳の子供がいるシングルマザーと噂されている。翔太も金髪だったが今は黒髪。窓を拭くことを「かっぱぐ」という。 美咲はゴンドラに乗っているが仕事をすべて翔太に押し付けている。美咲は仕事中の翔太にフェラチオする。 窓の中の住人達の描写。 小さな子が全裸で一人でテレビをみたり 数十台のスマホを充電している 自分の顔も映る 自慰している男の様子もみえる 大量の箱を積んでいる老婆の部屋も。 老婆とは目が合う。 美咲は翔太を射精させて「一仕事終えた」とうそぶく。 高所現場で禁じられている煙草を吸う。 仕事の確認でゴンドラがまた通る。老婆の部屋の窓に3706というメモあり。部屋番号と思われる。
京急線で帰宅するところ。求人の張り紙に目が行く。ガラス清掃の給料といい勝負。アパートに帰ってから老婆の住む家の賃料を検索。ずいぶん高い。 さっきの清掃現場のマンションに来て、3706をインターフォンで呼び出す。少し間があって扉が開いたので、翔太は入っていく。ガラス清掃の社長が小学校で転落死したことを思い出す。途中、コンシェルジュに案内されながらもう一度インタフォンで部屋番号を押す。途中で自分が学生時代成績が良かったこと、それなのに就職活動がうまく行かなかったことを思い出す。自分を売り込むなんてはしたないというふうだったと回想している。
3706に到着。老婆に迎えられる。刑部(おさかべ)という名前らしい。なぜか天使の像が転がっていること、出されたイチゴのことなど、どうでも良いことから話してしまう。 老婆から「建物の内部の様子を録画してきてほしい」と頼まれる。中にどんな人が居るのかを知りたいから、と。躊躇うが結局承知する。 カメラなど準備と報酬のためか50万円を手渡される。
3月3日。 ヤマダ電機でばれずに撮影できる(盗撮できる)カメラを買う。 母親からのメール。ふだんから自然保護活動をしている小学校教諭の母親は、その活動の必要から市議に立候補しようと思う、と伝え翔太に意見を求めて連絡。「恥ずかしいからやめろ」と返信しようとしたりやめたり。結局「勝手にすれば」と返事する。 3月5日。 現場にて。カメラを仕込んで仕事。この日は中村くんという人と一緒に仕事。真面目すぎることを翔太は内心馬鹿にしている。仕事中に街を眺めて「土地の効率が悪い」、ビルに入っている有名企業の社食がまずい、などと持論やゴシップを話している。 自宅で撮影動画の確認。風の音が思ったより大きいことに気づく。静止画を72枚プリントアウトする。 母親から汚い緑色の餅が送られてくる。自然保護活動のサークル・ヨモギ会で作った餅だという。母親は「民主主義について小学校で教えてきたのに、主権者が道路建設に意見できないことの矛盾を感じている」などと言ってきたことに、自分が文化的生活を享受することで自然破壊していることに気がついていない傲慢さに苛立ちを覚える。また「民主主義などこの社会の建前」とも。 3月10日 老婆に写真を見せに行く。学校に仕事に行ったときの様子。女の卒業生が黒板に「先生、忘れないからね」と書かれたのを、老婆はわざと「忠告」の意味だと思い込んで空想を楽しむ。 老婆がアメリカに住んでいたときに生徒と関係を持ってしまい、性犯罪者として公表されてしまった人が近所に住んでいた。ほかの隣人や夫は注意するように忠告してくれた、と。でも実際会ってみたらジェントルマンだったという。そのエピソードを出して「疑い続けること」の方が「信じ続けること」よりも楽しいと思うと。偏見や予断はやむを得ないものだという。 老婆はシャンパンを飲もうと言い、開けて飲むことになる。撮影(盗撮)の成功を祝うと。栓を抜く音を「天使の溜息」といい、炭酸がはじける音を「天使の拍手」という。 翔太はグラスとボトルが当たるかすかな音が「あの日の音に似ている」と連想する。「巨大なソーセージが熱で弾けるような音」「壊れたスピーカーが発する重低音」「相撲取りがぶつかって融合した音」「タンカーのスクリュー音」「火山口にむりやり蓋をしたような音」など。(あの日の音、とは、後で、墜落死した先輩の墜落したときの音であろうと分かる) 翔太は老婆に、その先輩の声が頭の中で幻聴として聞こえてくる、そういうことはあるか?と尋ねる。老婆は、もちろんある、と自分の体験を話す。
3月12日 死んだ先輩が、忠告する。「ひとつのことを信じすぎるのはよくない」 3月15日 老婆に会いにいく。老婆は100万円の札束を渡し、いったんは断ったが結局受け取った。ガラス清掃は日給8500円と。 翔太が持ってきたチョコレートや、老婆が出したクッキーなどを食べながら、老婆が外国で列車に乗るのに手違いで目的地と違うところに来てしまい、その街のバーでに入った話をする。 580枚の写真を老婆に渡す。 老婆は写真を見ながら住人の人物像を推定している。 翔太は「なぜ老婆の部屋にはやたらと箱があるのか」と尋ねる。老婆は、自分の持ち物が娘たちに勝手に処分されてしまうので、せめて箱だけでも置いておいてくれと願いを聞き入れてもらい、箱は街のビルを連想させ、しかも気軽に動かせるので楽しいから、という趣旨のことを述べる。 学生時代、デモに行く友人に一緒に行こうと誘われたことを思い出す。翔太はしっかりした主義主張もないからと気が引けて行かなかった。その友人は、ちゃっかりと要領よく就職活動をこなし、学年が上がるとデモのことも鼻で笑うようになっていた。 老婆に食事を勧められ、上品な手料理を食べていく。 翔太が老婆は鏡を使わないことを指摘し理由を尋ねる。老婆は、なくても困らない、「私が思う私を知っている」「鏡は人を不安にさせる」「向こう側とこちら側、どちらが本当かわからなくなる」からと。 母親から選挙に立候補するつもり、翔太の意見を聞きたいというメールが来た。 3月20日 現場に出ている。美咲と一緒。現場ではゴンドラに乗るのとロープでやるのとがあるらしい。事故があってから美咲はロープは怖くなって断っているという。美咲は、会社の幹部が翔太が何かを企んでいると疑っているという噂があると耳打ちする。
3月23日 生活費の明細を独白している。放送局に就職した同期の収入を想像している。 老婆の部屋にて。 老婆は箱に写真を貼り付けてビルに見立て、ミニチュアの街を作ったから見て欲しい、という。美穂ちゃん潤ちゃんという幼馴染と一緒に遊びに使っているふうに翔太に話す。空想に浸る老婆。 老婆に楽しいエピソードを聞かせるが、それは本当は他人のエピソード。「あなたが知るだれかの経験はあなたの経験である」 ガラス清掃してもすぐまた汚れる。その無意味さが辛いと翔太はいう。老婆は私たちも人生なんて意味がないかも、と答える。 老婆は結婚祝いとして親から夫に与えられた時計を翔太にもらってくれという。すこし押し問答してから、翔太が預かることになる。 現場にて、中村くんと一緒。中村くんに、盗撮していることを見抜かれる。中村くんは翔太の盗撮していたという秘密を掴んで強請ろうとしたが、翔太は断る。すると、中村くんも盗撮をしていると告白され、ばれると巻き込まれるからバレないようにしてくれ、などと言われてしまう。翔太がふと鏡を見ると、中村くんに似ていて醜いと感じた。 4月19日 バレたので、もう撮影はできない、代わりにミニチュアのビルに電灯をともすアイデアを見せた。 老婆は悪魔の鏡の話をする。つまり、悪魔は美しいものを醜く、醜いものをもっと醜く映す鏡を持っていたが、それが世界中に散らばってしまった、ある男の子の胸に突き刺さった。その子は心を凍らせたが人気者になる。他人の悪いところを見つけたり、良くないくせを真似たり。その子が雪の女王にさらわれて生まれてもいけない死んでもいけない場所に連れ去られてしまったのだ、と。
7月19日 美咲親子とドライブに出てきている。老婆は転居したのか、急にいなくなってしまった。そのマンションに仕事に行ったら、部屋が空っぽになっていることがわかった。それを知ってすぐに翔太は辞表を出した。実家の母の選挙用の写真を撮ってあげたりするようになった。
(私の感想) 鏡とガラス、上流階級と庶民、死者と生者、などが対比的に描かれている。 他人の知られてはいけない面、滑稽な面が見えるが、さながらそれは自分自身の像にも見える。 反・労働賛歌。逆プロレタリア小説である。勤務態度のデタラメさ。 「うっかりすると高い場所にいるときほど自分が偉くなったと錯覚してしまう」とのくだりあり。高い階に住むのは気恥ずかしい、と老婆も翔太も思っている。つまり、本当は高い場所に住む人が偉いわけではないことを理解している マンションの玄関から老婆の部屋までたどり着くのに随分時間がかかっている。社長が転落死するエピソードは「天空の」とかぶる。学生時代成績が良かったこと、就職活動の結果は芳しくなかったのは実体験か
