「『自分がどうみられているか』ではなく
『何がベストか』で行動した点でケルセンブロックは偉いと思う」
(by M川さん)

「夜と霧の隅で」北杜夫(新潮文庫)


この小説は、第2次世界大戦末期のドイツが舞台である。
当時のナチス政権下のドイツでは、ユダヤ人排斥を目的とする「国民血統保護法」が制定され、
ユダヤ人はドイツ社会から排除されていた。
しかし、遺伝性精神病患者を断種する「遺伝性子孫防止法」が制定されていたことはあまり知られていない。
そして、実は同様の法律は当時の先進国のほとんどで制定されていたのだ(!)。

ただ、ドイツ以外の国では、法律を額面通りに運用することはほとんどなかったのに対し、
ナチスは生真面目にその法律を実行に移したということらしい。
そのために、当時のドイツ国内の精神病院では、治る見込みのない重症患者は安楽死させる、
と役人から冷徹な通達が発せられる。この緊急時に古き良きドイツの良識を象徴するような、
院長のツェラー教授は、運悪く心臓病を得て、役人に反対意見を述べることができない。

患者を何としても症状改善させなければならない、と社会から要請された時、
精神科医たちの考えや振る舞い(また、精神科医としての腕前)があからさまに晒されてしまう。
そして症状が活発でありながらそれなりに安定していた患者は、
一か八かの無謀なギャンブルのような治療を施され、その結果、
多くの患者で症状をさらに悪化させることとなってしまう。

作者は、戦争で余裕がなくなったために起こった悲劇を描き、
戦争は最前線の者たちだけでなく、世界の隅々にまで暗い影を落とすのだということをまず述べたかったのだろう。

そして、この小説が発表された当時(昭和35年)は、まだ抗精神病薬は治療の柱にはなっていなかったため
(初めての抗精神病薬クロルプロマジンは昭和33年に海外で発売された)、
日本の精神病院はまだまだ治療環境は整備されていなかったと思う。

精神科医でもある作者は、この小説で、これは遠い昔の遠い国の話ではなく、
日本の国の中で起こっていることである、という問題提起も起こしたかったに違いない。

ついでに、作者は躁うつ病を抱えている、とも公言しているのだが、
精神科医であり患者でもあるから、患者の描写は大変リアリティがあるのだろうと思った(by M川さん)。

統合失調症患者が、自分はヒトラーだと思っているところは、ナチスへの風刺と取れるかな。

今回も、いろいろと議論が出来て楽しかったです(*^_^*)



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