「読み応えのある2作品でした!」

平成31年3月

「ニムロッド」上田岳弘、「1R1分34秒」町屋良平(ページ数は文藝春秋誌3月号版)






「ニムロッド」
「駄目な飛行機があったからこそ、駄目じゃない飛行機が今ある」p369下段。
中学校の国語の教科書にも「文化とはフグを食べること」という文章が載っていた。
つまり、人類が栄養源としてあるいは味覚を楽しませるために、食べて安全なものか、食べて美味しいものか、ということが分かるのは、実際に勇気を持って食べた人がいたからこそであるという意味だ。フグの肝臓に毒があることが知られるまでには、何人もの人がフグ毒で命を落としたことだろう。
医学の発展も同様な面がある。つまり、健康な人を観察しているよりは、病気になった人を詳しく調べることで、人体の正常なシステムを知ることができ、発達してきたのである。

タイトルにもなっている「ニムロッド」は、かなり深刻なうつ病に苦しんでから回復してきた。そして小説を書いている。
バベルの塔のような高い塔に住む人間の王ニムロッドがほかの人間たちがひとつに溶け合いひとかたまりになった様子を眺めているという(p414下段)。奇妙な寓話的SFである。
死の淵を彷徨った人間だけが行き着くことができる場所の景色を描いているように思える。

未来の社会は、情報やテクノロジーの爆発的発達のおかげで均質化されていくのであろうか?
胎児の遺伝子を調べて選別したり、国家地域ごとにバラバラだった物質的価値基準たる通貨がビットコインによって統一されたり。
それは薄ら寒い世界だろうか?田久保紀子が言うような「優しい世界」「誰もが優しく認められる世界」だろうか?
そんな世界では芸術家はどう振舞うだろうか?
27歳で死んでしまうのか?

監獄では、タバコが通貨の役割を果たすという。価値の保存、価値の尺度、交換の手段として機能するからであろう。だから、タバコを吸わない人も、タバコを集めようと躍起になるのだそうだ。
滑稽にみえるかもしれないが、仮想通貨を欲しがる私たち自身が滑稽になってしまっていないだろうか?

塔の上に飛べない飛行機が並んでいるのは、宮崎駿の「天空の城」「紅の豚」を髣髴とさせる、田久保さんが東方洋上に去った理由が分からない、などの意見や疑問が出ました。



「1R1分34秒」
ボクシング選手の感覚や欲望を生々しく描かれている。漫画のように、頂点に立つトップ選手ではなく、ピラミッドの底辺でもがいているような選手が主人公なので、登場人物が身近に感じられた。今は突飛な設定のフィクションが溢れているから、このリアルさが新鮮に感じられた。
主人公が試合を控えて対戦相手の心くんを研究するためにビデオで見ていたら、心くんに好感を抱いてしまうというのは、勝負師として決定的な欠陥なのかもしれない。

ウメキチに作者自身を投影している、なぜ芸術がしばしば出てくるのか、などの意見や疑問がでました。

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