「群れからはぐれた獲物が狙われる」

平成30年7月
「犬婿入り」多和田葉子(ページ数は講談社文庫第10刷版)


AC公共広告機構のCMでこんなのがありましたっけ。
道路、駅、学校などにシマウマたちが歩いている。
親子で歩くシマウマもずいぶんいる。
暗がりの信号機の陰に、1頭きりの子供のシマウマが怯えたように歩いている。
そこに、黒い影が近づいていく。

ナレーション。
「一人にならない。一人にさせない。
群れからはぐれた獲物が狙われる。
連れ去り事件の82%は、
子供が一人でいるときに起きています。
一人にならない。一人にさせない。」
……………………………………………


さて、参加者からは、次のような質問が出ました。
Q1、127ページ9行目。みつこが「扶希子に対しては、特別な感情が生まれ」たときに、
どうして太郎に対する恍惚感が薄らぎおぞましく感じられるようになったのか?
Q2、電報とは何か?

まずQ2について。
電報→祝電→結婚、つまり、みつこは太郎に結婚相手として「人違い」されて押しかけられたのであろう。
(いや、結婚、などと言うといかにも体制の枠組みに嵌った言い方か。みつこが住んでいる曖昧ゾーンは、体制の枠組みから外れる場所なのだから、結婚相手というより、つがう相手などというべきか。)
みつこは、自分が人違いされた、ということに気がつく前に、動転しているうちに太郎の勢いに押されて、うっかり彼の愛撫を受け入れてしまうが。(太郎と松原利夫の関係を説明されて、自分が人違いされた、ということに明確に気づいたことで気持ちが醒めたからだ、というのがQ1に対する答になろうか。)

あるいは、つい、扶希子の面倒をみ始めた、というのがみつこにとっては不用意だったのかもしれない。扶希子は、最終的に太郎と一緒になる松原利夫の娘であり、太郎は扶希子を自分の相手となる人の目印にしていたかもしれないからだ。

いや、不用意というのなら、そもそも北区にも南区にもはっきり属さない曖昧な場所で塾などを開いたことが不用意と言えるかもしれない。曖昧な場所で、群れからはぐれた独り者は、何かに掠め取られてしまうものだ。



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NHKでいま「人類誕生」というシリーズをやっている。
それによると、人類が今の状態に至るまでに、何十種類かの人類が発生しては消えていったのだけれども、
どうやら複数種類の人類は互いに交雑して遺伝子を交換していた、ということが明らかになっているそうだ。

実験室内でするような遺伝子工学的操作を行えば、我々人類は事実上無制限にDNAをデザインすることができる。
(動物の遺伝子を植物の遺伝子に繋げて増幅させることもできる。現に遺伝子工学の基本的テクニックとして行なっている。)
任意に遺伝子を混ぜることは容易にできるのだ。

しかし、自然の中での異種の生殖交雑は、そう簡単には受精発生に至らない。
卵子の表面の細胞膜には、糖鎖などで種ごとに異なるように化学的修飾がなされていて、異なる種の精子は簡単には卵子内に侵入できない仕組みになっているからだ。
(最終的にはみつこに拒絶される太郎のように?)
辺境から中心にはそう簡単には入っていくことはできない。
異種の人類が遺伝子を交換するつまり異種の人類が生殖に成功するまでには、その何倍もの受精に至らない性交があったはずである。

私は想像する。
遠く、はるか遠くの時代、群れからはぐれたか弱いヒトが、別のグループ、別の人類に攫われて交わりを重ねてきたことを。

今、生きている私たちの遺伝子の中に、寂しく群れからはぐれたしかし逞しいみつこのようなヒトの遺伝子も、きっと組み込まれているに違いない。
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みつこが去ったあとにはキタムラ塾閉鎖の貼り紙が残されていた。そしてみつこが住んでいた家は壊されてアパートが建った。
そのアパートの住人たちにも、薄暮・逢魔が時がやってくるのに違いない。
奇妙な事件に巻き込まれないように、用心、用心…


同時収録されている「ペルソナ」は分かりやすいようであるけれど、
参加者から「道子は人種差別には怒りを見せるが、道子自身は裕福な人に対して不当に無礼な振る舞いがあったりして、単純で分かりやすい人物だ」
との指摘があってなるほどと思いました。


↓おまけ、今回のホワイトボード…


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