「元祖 地獄めぐり小説」
平成30年6月
「月山・鳥海山」森敦(ページ数は文春文庫新装第1刷版)
司会からは、次のような質問を投げてみました。
Q1、主人公は何歳か?
Q2、主人公は何から逃れたいと思っているのか?
Q3、映像化するとしたら、主人公、寺の使用人のじいさん、ダミ声の先達、は誰が演じるのが適役か?
主人公は、どうやら哲学的ともいえる深い悩みを抱えて、出羽三山の中でも「死の山」と言われている月山の破れ寺に、ひと冬越すためにやってくる。
どんな悩みか?、とか、なぜわざわざ豪雪地帯にきてひと冬越すのか?などの疑問に対する答えは作中には示されない。
ただ、なぜ月山なのかについては、主人公はいろんな場所を渡り歩きながら橋やダムを作ってきた人間なので、月山の近くにも来たことがある、と仄めかされる。
橋やダムを作った、というのは役人あるいは設計技師として作るのに関与したという意味であるようだから、
主人公はそれなりのインテリで中年くらいであろうとイメージされる。
(本作は映画化されているが、主人公はやけに若くて大学を中退してきたという設定にされているので、印象が違った。)
主人公が身を寄せる寺には、修行として断食して餓死した修行僧のミイラがかつてあった、と寺の使用人のじいさんに教えられる。
しかし、火事で失われてしまったので、行き倒れの旅人を燻製にしてそのミイラの代わりとしていた、などとも噂されている。
主人公は大いに驚嘆するが、自分自身は勧進帳の帳面の紙を貼り合わせて寒さを凌ぐためカイコのような「繭」を作ったり、
毎食が米と大根だけであることに不満を感じたりしている。
隙を見せてくる村の女の子にもちょっかいを出してみたり、甘っちょろい修行もどき、修行ごっこをやっているかのように見える。
真偽のはっきりしない修行ばなし。おまけに、修行の困難さを理解せず茶化したり笑いのめしたりする無神経な村人たち(無邪気、といってあげれば良いのか?)。
もしかしたら、寺の権威を高めるために、修行僧のミイラがあるなどとデタラメを言っていたのかもしれない。
寒さをしのぐためにやむを得ず寺に入り込んできたカメ虫を疎んじる寺の使用人。
さながら地獄に送られてきたようであるが、いまひとつどことなく深刻さに欠けるシチュエーション。
この「なんちゃって地獄めぐり」を経て、主人公は生きる目的を掴み直すことができただろうか?
主人公も含めて村の人々は、決意ひとつで便利な都会に行けるのに行こうとしないのは、飛び立って遠くに行かないカメ虫と重なる。
蚕の繭、卵型の住職たちの墓、主人公の作った目張りなど、白くて丸いものに保護されているイメージが強い。
収録されているほかの短編と読み比べてみて、「月山」はあえて幻想的な書き方をしているのかなと思った。
などの意見が出ました。
↓おまけ、今回のホワイトボード…
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