「死と生の境界を見た人は強いだろうか」

平成29年12月
「土の中の子供」中村文則(ページ数は新潮文庫第9刷版)




体を主人公(名前は明かされていない)の独白で貫き、あまりストーリーがない作品である。
参加者の中にも「始まりも終わりもない感じの小説」という感想を持った人がいました。

その主人公の独白によって示される思考も、矛盾に満ちているように見える。

たとえば、主人公はあえて不良たちに袋叩きにされて半殺しの目に遭いにいくような振る舞いをしたり、マンションの踊り場から身を投げかけたりする割に、タクシー強盗に遭った時にはとっさに逃げ出そうとしたり。

しかし、主人公が死を試そうとするのは、自分の「生」の底を確認するための行為で、トラウマからくる自罰思考、タナトスから逃れるために必要なことであった。
参加者からは「『生き汚さ』を感じた」「絶望願望がつきまとっている」という感想が出ました。
死ぬかもしれないという根源的恐怖に打ち勝つことで、本当の生を手に入れたのかもしれない。

また、白湯子のほうから見たら、死産した子供と主人公を重ね合わせる気持ちがあって、主人公と白湯子は結ばれた、という見方ができる。


作中で空想にふけるところがしきりに出てくるのが00年代だなあと思ったとの感想あり。
主人公の子供時代の描写で、あまり貧困感がないのでリアリティが感じられないという意見も出たが、それは現代が個人が情報発信して何かと他人と比較する機会が増えて、貧困が話題になることが増えたからであって、本作品の時代にももちろん貧困はあったけど、他者より劣っているというニュアンスを持つことがあまりなかった時代だから表現されていないのでは、という解釈が提示されました。ほんの10年ちょっとでこうした時代の匂いとか雰囲気というものはずいぶん変わってしまうのだなあ、と思ってみたり。


↓おまけ、今回のホワイトボード…


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