「純文学風、釣りバカ日誌?」

平成29年9月
「影裏」沼田真佑(ページ数は文藝春秋誌9月号版)



以前に私の友人が、自分の誕生日に、その時に自分とつながりのある人をすべてを招待してパーティーを開いたことがあった。確か参加者は総勢100名近くになったと記憶している。その人は「一度これをやってみたかった」と言っていたっけ。

私はその時、自分にはできないなあと感心したのを覚えている。自分はいろいろなグループに属していて、それぞれの場で与えられた抑割を演じている側面があるのに、その差があからさまになるのは気恥ずかしいと思っていたからだ。

一人の人間が誰かに見せる面は限られている。日浅もしかり。日浅が主人公に見せていた顔は、父親に見せていた顔とぜんぜん違っていたことが最後の場面で明らかになる。徐々にモンタージュされていく日浅。

一人の人間の内面を多面的に捉えて人物像全体を浮かびあがらせるという小説の書き方がある。丸谷才一の「年の残り」などもその例であろうか。「年の残り」は、それによって老いるということについて生々しく問題点を抉り出しているのだが、本作はどうであろうか。主人公はどうやらゲイらしい、ということがほのめかされ、日浅に思いを寄せているようだが、それによって何かの問題を提示しているわけではなさそうだ。何か思わせぶりなものを書いたが、ある選考委員が語っていたように「うまく逃げた」ようにも思える。

人間が津波に不意にさらわれる、というのは、魚が突然釣り上げられる、というのと同じかもしれないな、などと考えました。

↓おまけ、今回のホワイトボード、登場人物一覧…


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