「饒舌より、沈黙を」
平成28年11月
「乙女の密告」赤染晶子(ページ数は新潮文庫第1刷版)
新潮文庫で100ページにも満たない長さで、読み返す余裕がある参加者もいましたが、皆さんなかなか苦戦したようで。
司会からは、次の質問を投げかけました。
Q1、映像化するとしたら、みか子、貴代、麗子、百合子、バッハマン教授は誰が演じるか?
Q2、「乙女」とは?その定義と性質。
Q3、P54「アンネはこの日無事だったか?」に対してどう答えるか?その理由も。
Q2の乙女の定義や性質は、作中では様々に書かれている。巻末の解説担当の松永美穂さんが引用しているのは「乙女とは自分とは違う異質な存在をきっちりと認識する生き物」「乙女とは潔癖な生き物」といったところだ。「真実を必要としない」とも書かれている。トイレでいつも口さがなく噂話をしている存在でもある。そんな乙女達は、バッハマン教授の無茶苦茶なスピーチコンテストの特訓に文句も言わずついていく、盲目的に従順な側面がある。また乙女は無名の大衆に属していることを奇貨として、その匿名性に乗じてあらぬ事を「密告」するのである。まるでアンネを密告した無名の市民のように。
Q3について、アンネの心はこの日から二つに引き裂かれた、今までどおりの「陽気なアンネ」と、もう半分は「無口なアンネ」になってしまった、という。ユダヤ人でありながらオランダ人になりたい、というアンネの言葉そのままに、アンネの精神は、言ってみれば半分死んでしまったと言えるかもしれない。肉体を滅ぼす前に、精神を挫滅させる、戦争の恐ろしさ。
本作は、登場人物たちは明らかにアンネの日記の登場人物たちになぞらえられている。まず、乙女たち、とは一般の大衆市民のことであろう。アンゲリカ人形はアンネ。そうするとバッハマン教授は、それを保護しているのだから庇護者ミープ・ヒースだろうか?しかし、乙女たち(=市民)に無理を押し付ける存在である、警察(ジルバー・バウアー)だろうか?
また、みか子は?アンゲリカを保護していたのだから、みか子こそアンネを匿っていた庇護者のミープ・ヒースであろうか?それともみか子自身が告発されたのだからアンネ?
私は、はじめこれらが曖昧に描かれていると思っていたが、みか子ははじめは保護されたがっていたが、徐々に実力をつけて自信が伴うようになると保護する側の存在になったのだ、という成長が描かれていると指摘され、なるほどと納得しました。
会では、「モラルとして密告してはいけない、というのと、法律になってしまって警察も動くような形になってしまったのとでは、同じレベルで語れない」「ワイドショーやネットで、特定の有名人が異常にバッシングされているのを見ると、現代の大衆にも『乙女の密告』的状況は続いている」などという話も出ました。
なお、Q1で、バッハマン教授役として竹中直人さんや阿部寛さんなど日本人が挙げられました(外国人は挙がらなかった!)。また、貴代役は、私は態度もふてぶてしいし見た目もドスコイな人がいいかな、と思いましたが、みなさん「貴代は女王様なんだから、ゴージャスな人が適役」という意見が大勢でした。意外と、各人でイメージする登場人物像って違うものなんだなあ…
最後に麗子が出会った言葉「無口なアンネ」。なぜ麗子にこの言葉が必要だったか作中では示されていない。だから想像するしかないのだが、沈黙から言葉を紡ぎ出すことの重要性に胸を衝かれたからではないだろうか、と私は思いました。作家として、作者自身の気持ちが込められているのかな、という気がしてなりません。作者は笑って、「それは違う」というかもしれないけれど。
資料として選評のコピーをもって来てくださったY尾さん、ありがとうございました!これを読むと、この小説がかなり理解できますね。選考委員の中の数名がちょっとトンチンカンで、約1名が読まずに選評を書いているようですが…
↓おまけ、登場人物の関係図…
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