「万人の万人に対する闘争」

平成27年4月
井上靖「猟銃・闘牛」(ページ数は、新潮文庫第85刷版)



【猟銃】
文章の構成としては、作者の日本猟人倶楽部への投稿に対する描写された人物にまつわる3人の女性からの手紙という構図になっている。
投稿に描かれた人物は、西洋パイプが似合うダンディな猟人ながら、許されざる恋を経て全てを失った過去を持つ手紙の送付人。
仁清やゴーギャンを室内に飾るほどの上流階層における出来事。それは手紙の文体や登場する女性の立ち居振る舞いの上品さ、優雅さにもマッチしている。
みどりにとっては、身内にまつわる不倫であり、また家に対する社会的な世間体を意識する部分もあり、鬱屈した感情を持ち続けざるを得ない一面もあったのだろう。
押し殺していた長年の感情が、当時の現場で見たのと同じ着物を目にした途端あふれ出てしまう。
病人を気遣うつもりだった。悪気はなかった。しかし、我慢の限界でもあった。
嫉妬を伴う執念深さ。負の感情が陰にこもると得体の知れない怖さを感じる。

アダムとイブの原罪を彷彿とさせる「蛇」を使用したことは禁断の果実を表す点で暗喩的。猟銃により射抜かれたものは何だったのか? 崩れ落ちていく中にも品の良い美化された退廃を感じる。


【闘牛】
闇市、焼け野原が印象的な戦後の混乱期、新聞社が社運をかけて球場で3日にわたる闘牛大会を企画する。編集長の津上は、海千山千の興行師を指南役に、得体の知れない事業家にも協力を仰ぎつつプロジェクトを取り進め、頓挫しかかっては切り抜けるという綱渡りながらなんとか開催にこぎつける。
綺麗事ではすまされない切実感の中に、戦後の時代感覚と同時に躍動感を感じた。直木賞っぽい文章ながら、芥川賞でもおかしくない気がする。

津上は仕事に忙殺されるため不倫相手のさき子とも会えない日々が続く。
迎えた開催初日。生憎の雨にたたられ観客動員数も伸び悩む。結局プロジェクトは成功とはならずに終了。
そんな津上に、なおもよりそうさき子。「赤い牛が勝ったら津上と別れよう」、そんな投げやりな気になりつつも、津上にもたれていたい気持ちになる。
勝ちを収めた代赭色の牛。
津上との関係を他人任せにしたくなるくらい煮詰まらない状況ながら、結局は別れなかったのではないだろうか?
私がいないとだめなのよ、さき子はそんな優越感に浸っていたのかもしれない。

(written by Mr.S。Sさん、お忙しい中、まとめを書いていただきありがとうございました!)


今回も充実した議論ができました。
参加者の皆様に感謝申し上げます。



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