「マグロは放射能に汚染されたことを恨んでいるか?」

平成26年12月
笙野頼子「タイムスリップ・コンビナート」


今回も充実した議論でした!

映像エキスパート・K村氏のマニアックな知識映画への深い造詣が、今回の読解の大きなヒントになりました。

そんなわけで、今回のまとめをK村氏にお願いしてしましました。

K村さん、Gracias!


第111回芥川賞受賞作 タイムスリップコンビナート 議論のまとめ


去年の夏頃の話である。 マグロと恋愛する夢を見て悩んでいたある日、当のマグロともスーパージェッターとも判らんやつから、 いきなり、電話がかかって来て、ともかくどこかへ出掛けろとしつこく言い、結局海芝浦という駅に行かされる羽目になった。


冒頭からこれである。  マグロと恋愛? スパージェッターって?? この二つは何を意味するの? 

さらにその後、何度も出てくるブレードランナーとレプリカント。  マグロは一旦置いておいて、スパージェッターとブレードランナーを知らない人はどう読んだらよいものか??   この単語をどう捉えるかで読後の感想は多いに変わる。

そして、マグロとの恋愛を何の比喩と捉えればいいのか??


ですからほら海芝浦という駅があるんですよ。 そこに行きませんか。


では、第9回芥川賞読書会の様子を。  というより今回は分析に近い形となっています・・。


仕事でちょっと遅刻して15時10分に会場へ入ると、
主催のヒサヤさんと今回初参戦のゆきさんがお互いの専門分野や最近読んだ本について話していました。

なんとゆきさんは今回新幹線で東京に。  これも新幹線の存在する現代の成せる技でしょう。  なんせ275km/hですから。

このスピードを出せる乗り物はどこから来たのか? 
これは第2次大戦中、軍の要望に応えるべく戦闘機を改良して行った結果が零戦という一つの完成系で、 その高速運転を可能とする形状や力学、振動工学は高度経済を支えていった新幹線におおいに生かされた訳です。

スピードや振動性を突き詰めた結果、流線型のデザインに着地した訳ですね。

さて、この流線型のデザインは今作にも2つ出てきます。  スパージェッターが乗っている流星号(タイムマシン)とマグロですね。

どちらも流線型のデザインをしています。


さあ、3人揃った所で読書会スタート。 
最初に読んだ時の感想を述べ合うと、やはり難解との声。 



「アメリカの影が見え隠れする」「などなど」
そこへnatsukoさんが登場。

なんでも鶴見線に乗って海芝浦へ行こうとして遅れたんだとか・・。  しかも迷って結局行けなかったそうだ・・。 


鶴見線と言えばもともと高度経済成長を支えた日本を代表する京浜工業地帯の貨物輸送を担う鉄道。  そして盲腸線と呼ばれる路線でもある。
盲腸線とは起点もしくは終点のどちらかが他の路線に接続していない行き止まりの路線を指す。

そして鶴見線にはどこにも接続してない行き止まりの終点が3駅もある。  これはなんというか、盲腸線の中でもかなり盲腸度が高い。  これは迷うはずだ。

挙げ句の果てに海芝浦で降りられるのは東芝社員のみ。

芸術用語ではこのような存在をトマソンと呼ぶ。 

生物にしろ都市にしろ時間軸の中で新陳代謝をしながら常に変化していくものだ。  その変化の過程で過去は機能していたが、今では無用になってしまったモノを指す。

電話の主が言う下記の意味はまさにトマソン的だ。


------つまりね、そこは高度経済成長の名残の路線なんです。


さて、先にも言いましたがこの作品はブレードランナーを理解していないと解らない比喩が多いです。

更にはスターウォーズやマッドマックスといった映画作品名も登場します。


海芝浦に到着する直前に主人公はこのような台詞を言います。

「外はブレードランナー、内はスターウォーズ、私はレプリカント、どっかにマッドマックスだってあるかもしれない。」

さて、これはどういう意味でしょうか?


今回集まった4人のうち女性二人はブレードランナーを見た事が無いというので、
途中ブレードランナーの説明タイムに。


ブレードランナーについて。

1982年公開のSF映画。 
2019年、地球の環境悪化で人類の大半は宇宙へ移住しているなか、 ヒエラルキーの低階層の人々はコンビナートと新宿が混ざったような街で降りしきる酸性雨の中生きなければならない。  宇宙開拓のために開発された人造人間レプリカントは奴隷として過酷な労働を強いられている。 
そんな中、自我を持ったレプリカントが地球に亡命してくるというお話。

なぜレプリカントは地球にやってくるかというと、生みの親に会って寿命を延ばしてもらうのが目的だった。

彼らの寿命は数年に設定されており、クローン人間と違い誕生した時から成人している彼らには埋め込まれた記憶はあるものの、 経験としての記憶が無い。

時が経つに釣れ自我を持ち始めた彼らは自己の存在意義に疑問を持つようになる。

そして人間以上に命や未来と過去を切望する存在だ。

なぜ著者は作品内でブレードランナーというタイトル名を多用し、 私はレプリカントと言ったのか?

1982年前後、この時代は数々の名作SF映画が相次いで公開されており、 そのなかにはレプリカントと似た設定の、いわゆる人造人間(人間型ロボット)やロボット、クローン人間が登場していた。



日本公開年/舞台設定の年/タイトル/人造人間等の名称

1968/2001/2001年宇宙の旅/HAL 9000・・・スーパーコンピューター。  本来は命令に忠実だが、命令の矛盾により人間に反乱。「怖い」「やめてほしい」など意識のようなものもある。

1978/遠い昔、はるか彼方の銀河系/スターウォーズ/ストーム・トルーパー・・・クローン人間で成長速度が人間の倍。  細胞分裂から成長する。 命令には絶対忠実な兵士。 

1979/2122/エイリアン/ハイパーダインシステムズ 120-A/2・・・アンドロイド。 感情はあるが命令に忠実。 

1982/2019/ブレードランナー/レプリカント・・・細胞ベースのクローン系人造人間。 数年の命。  奴隷として重労働を強いられる。 時とともに自我を持つようになる。 度々人間に反乱する。

1985/2029/ターミネーター/T800 人間が生んだ人工知能スカイネットが生み出した人類を抹殺するために作られたアンドロイド。


レプリカントは他のキャラクター達と違って自我に目覚めて自分は一体何者なのか?と苦悩する。  ブレードランナーの舞台は近未来、21世紀の工業都市、というか冒頭のカットを見るとコンビナートそのものだ。 

著者は21世紀の地球の運命に対して悲観的な観測を強く持っているという事だろう。  幼少期の四日市コンビナートの記憶がそのまま地続きに21世紀のブレードランナーへと繋がっている。


ちなみに日本のアニメ映画AKIRAもこの頃の作品で、設定もブレードランナーと同じ2019年。  AKIRAのほうがブレードランナーよりタイムスリップコンビナートのテーマに寄り沿ってるように思うけども、 ちょっとストレートな表現過ぎるから使わなかったのかもしれない。

1988/2019/AKIRA・・・荒廃したネオ東京が舞台で第三次大戦で核爆発された荒廃した東京が舞台。


さらに別の角度からマグロの検証をするために違う年表をまとめてみた。


1923 関東大震災
1925 芝浦製作所操業開始
1939 東京芝浦電機株式会社設立
1940 海芝浦駅開通
1945 終戦
1954 3/1 マグロ漁船第五福竜丸被爆 築地に原爆マグロ塚が作られる
    アイゼンハワー大統領が国連で「原子力平和利用」の計画発表
1955 中曽根国会議員、初の原子力予算 原子力の平和的利用研究費補助金 2億3500万
1956 東芝、原子力開発開始  
    日本原子力研究所設立、原子力委員会発足
    笙野頼子誕生
1958 日本原子力事業株式会社(NAIG)発足
1959 四日市第一コンビナート稼働
1960-72 四日市ぜんそく問題
1962 日本原子力事業株式会社(NAIG)、原子炉稼働
1965-66 スーパージェッター放送
1972 沖縄返還
1973 東京都立第五福竜丸展示館開館
1982 ブレードランナー公開
1994 タイムスリップコンビナート 文学界6月号掲載
1996 第五福竜丸エンジンの引き上げ


注目すべきは1956年、著者の誕生と共に東芝では原子力開発が開始されている。
そして著者が生まれた直後に四日市コンビナートは稼働しだした。


「あの運河で釣りをして釣った臭い魚を、食べずに捨てていた人の事は覚えているのに。」


まぐろとは、四日市にコンビナートが作られる前の、まだ四日市で漁業が生きていた、 魚が臭くなる前、そしてマグロ漁船第五福竜丸が被爆する前の時代の象徴なのではないか?  マグロ漁船が被爆して船員が後に一名亡くなるが、被爆したマグロは実に457トンも処分したようだ。

四日市喘息、水爆による被爆、そして原子力開発からの延長線の21世紀に著者はブレードランナーを予感した。 
じゃあ未来の希望はどうなるのか??

それは30世紀を夢見るしかないんじゃない?という想いがこの一冊に込められてるんじゃないだろうか。

電車が走り出すと、振り返って大きな表示を見落としていた事に気がついたのだった。 
東芝の工場の壁の文字だ。 工場と21世紀に向かって限りなく前進しよう、と書いてあった。


結論として

スーパージェッターは未来の希望(30世紀)。 マグロは古き良き過去への懐古。  そのどちらを君は選ぶのだ!? 引きこもってる20世紀の君はどちらに希望を見いだすのだ!?  と問う電話から始まり、それを確かめるために海芝浦を目指すロードムービー。 
結果、未来を選ぶが、それは21世紀ではなく30世紀だった・・・。 という解釈。


純文学らしからぬ秘めたる強いメッセージを掘り起こした4時間でした。

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